ワーケーションが危険な制度だと思う理由

 近頃「ワーケーション」という言葉をよく耳にする。

 「ワーク(仕事)」+「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語らしい。

 休暇で訪れた旅先で遊びも楽しみつつ、仕事もするみたいな制度。

 滞在にかかる費用に補助金が出たりと、行政側の支援もある。

 こういう制度って、リゾートバイトとかワーキングホリデーとそんなに違わないような気もするが、滞在にかかる費用を企業や行政が負担してくれるというのはいいよね。

 

 何も用事がないのにふらっとビジネスホテルに泊まる。それだけでわくわくする。

 これ、けっこう同意してくれる人多いと思うんだけど。

 仕事もちゃちゃっとやって、あとはホテルでボーっとしたり、ふらっと街に出かける。なんかいいよねぇ。まぁ僕は今ニートだから、そもそもこの制度と関係ないんですけどね。

 

 オフィスにずっと閉じこもって仕事やるより、たまにはどっかの旅先で仕事したほうが気分も違って生産性も上がりそうですよね。あと、コロナ禍のせいで、単なる遊びとして旅行するのはいけないみたいな風潮があるけど、仕事としてならまぁねいいじゃないかみたいな感じにならない?僕はいいと思うんやけど。

 

 

 まぁとにかく、僕は今ニートなんやけど、この制度いいなぁと思うんよ。

 だから世界でこの制度が広まっているわけだし。じゃあなんでこの制度が危険だと思うか。それを説明しよう。

 

 僕が思うに、制度自体はいいんよ、制度自体はね。

 でもさぁ、これは僕の勝手な偏見かもしれんけど、日本の企業って制度を悪用ばかりしてるじゃん?東南アジアから来た労働者をこき使ってほとんど賃金を払わないとか、有給休暇の日に出勤させるとか、タイムカードを押させた後に残業させるとか。

 ひどいのはさ、こういった問題に対応する行政や、問題を報道する立場のメディアで働く人も違法な労働をさせられているところ。霞が関の官僚が終電を逃すまで労働していることはよく知られている。HNKでも政治部の記者が過労死しているし、朝日新聞でも上司が部下にタイムカードを押させた後に働かせている。他社の問題は報道するくせに、自社で起こった問題は隠蔽しようとするからたちが悪いよな。

 

 

 で、どうしてワーケーションが危険なのか。

 なぜならこれ、仕事とプライベートの区別がまったくつかないから。

 もちろん何らかのかたちで、この時間からこの時間まで働きましたという記録はとるんだろうけど、でもさ、上に書いたように日本の企業って平気で労働時間を改ざんするでしょ、だから労働時間なんて平気でごまかすぜ?

 あれ、本当はこの時間帯は働いていたはずなのに、遊んでたことにされてる!なんてこと、平気でするだろうぜ?

 今後は窓際族ならぬ、ワーケーション族なんて言葉も生まれて、役立たずの社員や嫌われてる社員をどっかの山奥の小屋に閉じ込めて、遊んでたことにするだろうぜ?

 日本企業ならやりかねないだろ?おお怖!

 

 

 まぁ冗談はさておき、日本人は真面目で働きすぎの人ばかりで、休日に仕事したり、休日なのに仕事についてあれこれ思い悩んだりするから、ワーケーションを楽しめるのかなと思うんよ。どうなんかな、若い世代はまた違うかもしれんけど。

 いや、こういうこと考えるのも、やっぱり三浦春馬くんのことが思い出されるからなんよ。

 

 

matsudama.hatenablog.com

 

 上の記事でも書いたけど、今後は仕事とプライベートの境目って曖昧になっていくだろうから、真面目でストイックな人ほどプライベートを極限まで削って仕事するから心身ともに疲れはててしまうことになりかねない。企業もこういう時期だから、どんどん仕事を入れる。それはとても恐ろしいことだよ。ワーカホリックになる人も増えていくんじゃないかな。

 

 

 働き方が多様になっていくのはとてもいいこと。

 でも倫理観の欠けた企業は制度を悪用して違法なことを平気でするから気をつけなければならない。

 ワーケーションという制度自体は魅力的に思えるから、根付けばいいと思いますけどね。以上です。