ふと思い立ってバイオリンを録音して聴いてみたんだが下手すぎて辟易した。
普段弾いているときは自分の耳で聴いているわけだが、自分の耳で聴いている音色と、機械に収録された音色は全然違う。収録された音を聴いてみると「自分、こんな下手だったんや…」と落ち込んだ。
いやはや、自分の耳で聴いているときは、音程もずれてないしそれなりにキレイな音色に聴こえていたんだが、収録されたものを聴いていると音程がずれてるしすごく安っぽい音に聞こえる。実際、ジモティーで6000円くらいで譲ってもらった中古の安物なんだから安っぽいのは仕方ないといえば仕方ないのだが…
不思議なもんだな。耳で聴いた音と収録された音ってこんな違ってくるものなのか。鏡に映った自分と写真で見る自分は違うのといっしょなのかもしれない。鏡に映ってる自分のほうが、写真より良く見えるものな。
しかしなぜ、脳みそは、自分に対して自分をよく見せようとするのだろうか?
耳で聴く音も、鏡で自分を見るのも、自己の聴覚や視覚が電気信号に変えられて脳がそれを解釈している。脳は自分の都合のいいように解釈しているから、実際よりもいい音に聴こえ、実際よりかっこよく見えるわけだ。
というか、収録された音を聴いた場合も、写真に写った自分を見る場合も、最終的には脳が解釈しているわけだが、なぜ解釈が異なるのか?不思議である。
なんにせよ、脳は明らかに自己肯定感を高めてくれるような解釈をする。それは一体なぜなんだろうね?
そして、他人の耳にはどう聴こえ、他人の目にはどう映るのだろうか?
「あばたもえくぼ」というように、人によって良くも見え悪くも見えるのかもしれない。
自分のへたくそなバイオリン演奏が哲学的な問いを想起させるきっかけになった。