ピストジャム『こんなにバイトして芸人つづけなあかんか』読んだ感想

新聞の「ひと」欄で紹介されていて、面白い人だなと思って読んでみた。

慶応卒業して芸人20年、いまだに売れる気配なし、バイト漬けの日々、しかし腐ってはいない、今でも売れると信じている。

これが早稲田卒業だと読んでなかった、早稲田ならこういうの、たくさんいそうだし。でも慶応で、しかも法学部という一番レベルの高いところを出てて、しかも普通にイケメンなんだよな。それが芸人、しかも20年も売れてないのに諦めていないというのがいい、実に面白い。タイトルは、芸人を辞めて普通に生きるよう説得しにきた両親から言われた言葉らしい。

金がないのに、200部購入したから、さらに金がないらしい。こういう人は応援したくなる。自分も金はないが、1400円払って買った。

 

大阪トップの進学校大阪星光学院を出て、慶応法学部に進学するというエリート中のエリート。しかし、中一で大学入試の話を聞かされて嫌になったという。なんかさ、自分も進学校に通っていたから分かるが、大学入試の話しかしないんだよな、進学校って。最近ふと思ったんだが、進学校の進路指導って、結局偏差値でどこの大学なら狙えるというそういう指導しかしないんだわ。普通、将来つきたい職業とか、興味のある分野とか聞いて、それならこの大学はこういうことを学べるとか、この大学の教授の研究はあなたの興味と合ってるんじゃないかとか、そういう指導をするもんじゃないのか。

どこの国立大学に何人生徒を送り込んだというのは分かりやすい指標だから、世間は進学校をその指標に沿って評価する。仕方のないことではあるけれど、いつまでもこういう風潮が続いて、進学校難関大学に合格させるための勉強だけをさせてるようじゃ、つまらん人間しか製造されんわな。

 

大阪の難関に入ったピストジャムは大学入試の話を聴かされて嫌気がさし成績は低迷、指定校推薦の枠を使って慶応に進学する。就職活動で、まわりが急に変わっていくのを見て、就職するのにも嫌気がさす。そして芸人を目指す。ここらへんのエピソードが面白かった。芸人になるために、就職試験はダメだったという事実をつくろうと、上半身裸の証明写真を貼って履歴書を出す件は面白かった。落ちると思いきや面接までいってしまう。やっぱり慶応ブランドなんだろうな。集団討論でも、不採用になるために一切しゃべらなかったら、仕切っていた他の応募者が最後に話を振って来て身もふたもないことを答えたら面接まで行ってしまう。後日、面接官にこのことをきいたら、討論の締めに話を振られるということは何か持っている証拠だから君を通したんだと言っていた。昔話のトンチみたいだな。最終面接まで行ってしまったときは、採用されてしまうんじゃないかと緊張して何もしゃべれなかったらしい。

 

晴れて芸人になったが、まったく仕事がないのでバイト生活が始まる。

一番面白かったのは、マンションの管理人のバイトの件だろうか。ある日の夜、うつらうつらしていたら、外でドンという音が聞えた。しばらくすると警察が来た。自分の管理するマンションで飛び降り自殺があったらしい。お化けがでると嫌なので、翌日からお線香を供えて祈るようにした。ある日、女性が涙を流しながら挨拶してきた。彼女は自殺した男性と同棲していて、毎日線香が供えてあるので不思議に思っていたらしい。一度自宅に来てお線香をあげてくれないかと彼女に言われ自宅にお邪魔するもかける言葉が見つからず黙っていた。すると彼女に後ろから抱きしめられ…そのまま…。次の日から彼は供えるお線香の数を増やしたらしい。

いやー、事が事だけに不謹慎なんだが、笑いがとまらんかった。見事なオチだな。

 

ピザ屋の話も面白かった。

ピザハットで配達のバイトをしているときに、同じピザ屋なら新しく仕事を覚える必要もないだろうとナポリの窯のバイトにも応募する。たしかに合理的だといえば合理的だが、こんな発想なかなかできないし、そもそも競合している店で働くのはちょっと…となるものだと思うが、彼の行動力はなかなかすごい。「今ピザハットで働いています」というと、当然ナポリの窯の面接する人も「え…」と絶句する。でも採用されたらしい。さらに面白いのが、その後ピザーラでも働くようになり、ピザ屋3店をかけもちするという暴挙に出る。ここらへんのピザ屋バイトの件は、最高に面白かった。

 

これは個人的な考えだが、お笑い芸人は漫才とかコントで笑わせることを仕事にする人だと思う。一方で、単なる芸人というとべつにお笑いだけでなくて、生き様も含めて芸をすることを仕事にしている人のことを言うと思う。ピースの又吉は、お笑いだけでなくて、小説も書いている芸人だし、ジミー大西は絵も描いている。そういう意味では、ピストジャムはお笑い芸人としては芽が出ていないけど、芸人としては花咲いていると言ってもいいんじゃないか。バイト芸?

 

本の帯で、ピース又吉が、信頼できる書き手の誕生と書いているけど、そのとおりだと思う。文章から、この人はちゃんと信頼できるという感覚を得られる。でもなんでかな、この人はおそらくお笑いでは芽が出ないような気がする。でも彼の持っている「芸」だけで生きていけると思う。実際、こうしてバイトのエピソードで本まで出して話題を呼んでいるのだ。ピストジャムに限らず、お笑いとしては芽が出ていなくても、なにかしらの芸を持っている人たちにはぜひとも生き残ってもらいたい。