『空白』観た感想

全国旅行支援をやっているから、なんとなくアパホテルに宿泊した。VODが無料だから、なんとなく『空白』をチョイスして観たら、すごい映画だった。久しぶりに実写の邦画ですごいもの観たな。

なんか、現代社会のいや~な部分を濃縮したような映画だった。誰も悪くないのよ、誰も間違っていない、そしてみんな不幸になっていく。それぞれの登場人物の取る行動や心情を理解できてしまうから、しんどいんだわ。これがたとえば、アメコミのように、正義と悪がわかりやすく描かれていたら、観ているほうはしんどくない、正義を応援していればいいんだから。でも、『空白』は誰の行動も否定できないから、5分に一回しんどいわーとなる。現実はもちろんアメコミではないからしんどい。

今思ったが、そういう意味ではメディアの影響は大きいのかもなと感じた。『空白』でも描かれているが、メディアの印象操作はひどいものがある。でもそうやって、これは悪でたたいていいですよーと情報操作してくれるおかげでわれわれは多少は生きやすくなる。いちいち価値判断しなくてすむから。ロシアとウクライナの戦争でも、いつの間にか我々はロシアは悪だと思わされているもんな。戦争し始めた頃、ロシアにも言い分がある的な識者がいくらかいたと思うが、そういう主張をする識者はすぐに排除された。そりゃ白黒つけといたほうがスカッとするわけで、楽なわけで。

 

タイトルも秀逸で、まず「空白」って何のことだろうと観る者に考えさせる。空白というのは、おそらく解釈の余地のことで、だからこそ観る者に考えさせる。花音は万引きをしたのか、実際にはわからない。分からないこそ、店長の行動も、充の行動も間違っていないことになる。物語の終盤で、充は花音の部屋の人形の中に化粧品を見つけ「花音は万引きをしていた」と思うわけだが、それも買ったのか万引きしたものなのかもわからない。隠していたのは、充に見つけられてスマホと同じように捨てられるかもしれないから隠していたのかもしれないし、あるいは万引きしたからなのかもしれない。ここも空白である。

とはいえ、これが結果的に充の態度を軟化させた要因にはなった。しかし、充に追い詰められた店長は自殺未遂し、はねた女性は自殺した。

 

配役も完璧だったと思う。古田新太松坂桃李寺島しのぶも、その他もろもろ全員よかった。寺島演じる草加部さんのあのおせっかいは、ありがたいんだけど迷惑なんだよなー。実際に、ああいう人たくさんいるわけだから困る。ボランティアのあの件は、なんというのかな、きついな。日本はああいう「圧」がきつい。ボランティアなんだから無理してこなくていいのよと草加部さんは言うが、やっぱり圧を感じたあの女の子は友達とのランチを断ってボランティアに参加する。そして声が小さい、やるならちゃんとやってよと怒られる。観てて不憫に思うが、こういう圧は現実でもいたるところにあって、空気を読まないといけない日本人は疲弊する。

 

邦画を観てると、この件いる?みたいなところがあってよく辟易するんだが、この映画に関してはなかった。店長が遺体となって母親?が安置所で泣くシーンはいるのかなと思ったが。あれは観者を誤解させるために挿れたんだろうけど。とにかく良かった。空白が重要なわけだから、観者にはちゃんと解釈の余地が与えられているとてもいい映画だった。

 

それにしても、松坂桃李は心に影や闇を抱える好青年役を演じたらピカイチだ。彼を観てると、いつか鬱になってしまうんじゃないかと心配になる。本当にすばらしい役者だなと思う。役所広司のようにいつかカンヌで賞を受賞すると思う。

 

にしても、誰もがそのときそのときの決して間違っているとはいえない行動を取った結果みんなが不幸になったのは、まさにリアルでも起こっていることで、これが現代社会の生きづらさの正体なんだと思った。困ったことに、誰も間違っていないからこそどうしようもないのであって、店長も「じゃあ僕はどうすればよかったんですか!」と充に問う。どうしようもないんだよなぁ。じゃあどうしようもないこのやるせなさや苦しさはどう処理したらいいんでしょうね、てことでSNSで炎上に加担したり、悪いことをした人間に私刑を加えることで負の連鎖がどんどん広がっていくのだろう。

 

この映画、アパホテルのVODで初めて知ったんだが公開された21年はどうだったんだろうか。けっこう有名な俳優がでているのにな、全然知らなかった。もっと話題になってもよかったと思うけど。自分が知らなかっただけなのか。実写の邦画では指三本に入るすばらしい映画だった。