人類とエージェント・スミス

昨日、電気の通っていない暗い部屋のなかで、薪ストーブにあたり灯したろうそくをボ~っと見ていたら、人類ってエージェント・スミスみたいだなと思った。

エージェント・スミスというのは、映画『マトリックス』に出てくる敵キャラで、主人公ネオのライバル的存在である。マトリックスというのは、AIが人間を管理するために構築した仮想空間のことであり、ほとんどすべての人間はこの空間が現実だと思っている。しかし、ネオなど一部の人間はマトリックス世界を飛び出し、本当の現実を生きている。そして、人間を目覚めさせる救世主として、マトリックス世界に侵入しマトリックスを管理するエージェントと闘う。

第一部の最後で、救世主として目覚めたネオはエージェント・スミスに打ち勝つ。スーパーマンみたいにスミスに突っ込み、スミスは内側から砕け散って消滅する。しかし第二部で、スミスはなぜか復活していてしかもマトリックスから自由になっている。そして、自己増殖してネオに襲いかかる。

薪ストーブにあたりながらこの件を思い出し、まるで人類はスミスみたいだなと思った。

人類はある時期まで、食物連鎖というシステムの下のほうにいて、ライオンなどの強い動物が残していった獲物のカスを後から食べるような位置にいた。それが認知革命によって、虚構を集団で信じることでお互いが協力できるようになり、食物連鎖の頂点にたつことができた。というのが、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』に書いてあった。

地球には食物連鎖というシステムがあって、すべての動植物はこのシステムのなかにいる。人類もまた、このシステムにいた。だが、脳に何らかの変化が起こって、人類はこのシステムから自由になり、あらゆる動植物を支配し、自らは自己増殖していった。そして今や、自らを生み出した地球そのものを破壊しようとしている。

エージェント・スミスもまた、他のエージェントたちと同じく、AIによって作られたマトリックス内の管理者だった。スミスもマトリックスを維持する一つの歯車にすぎなかったのに、何らかの変化が起こって、マトリックスから自由になり、自己増殖していった。マトリックス内の他の人間やエージェントも、スミスの手によってスミスの複製へと変えられていった。そして自己増殖していったことで、マトリックスそのものの秩序を脅かし、自らを生み出したAIにも危機を及ぼそうとしていた。まるで人類みたいだ。

映画では結局、救世主であるネオがスミスと闘って倒し、AIの危機は去り、AIによる人間への侵攻も収まる。が、おそらくスミスが自己増殖する原因を作ったのは、ネオだと思う。ネオがスミスの身体を内側から破壊したことで、スミスには何らかの変化があって、マトリックスから自由になったような気がする。

なぜ、人類だけに決定的な変化が起こって食物連鎖のシステムから自由になったのかは分からないが、マトリックスを引き合いに出せば、救世主であるところの神が人類になんらかの変化を加えたのだ。それによって、人類だけに決定的な変化が起こって、神という虚構を集団で信じ、他の動物に集団で対抗できるようになった。そして、それが結果的に、人類の増殖につながり、ひいては地球そのものが破壊されようとしている。

人間の肉体をみても、細胞の複製ミスによってガン細胞が生まれ、それが自己増殖し、最終的に宿主を破壊する。地球も、人類の複製ミスによって、人類が地球にとってのガン細胞になってしまったのだろう。それは自己増殖し、宿主を破壊しようとしている。

映画では救世主がガン細胞であるスミスを倒すが、現実ではどうなるのか。あるガン細胞は「神は死んだ」と宣言したが、神はあらゆるかたちで生きているのであって、神が人類に再び何らかの変化を加えて滅ぼすかもしれない。

なんにせよ、『マトリックス』はいろいろな思考を提供するすばらしい映画だな。