ゲオで『メッセージ』を借りてきた。
僕にとっていい作品(映画に限らず)とは、何回も観るに耐えられるものなんだけど、この映画はそれに値する作品だった。
地球の至る所に突如降りてきた、柿の種みたいなかたちをした宇宙船。
彼らは一体何のために地球にやってきたのか、それを知るため言語学者の主人公ルイーズと物理学者のイアンらが宇宙人とのコミュニケーションを試みる。
宇宙船のなかで、人類と宇宙人は文字でコミュニケーションをとることになるのだが、宇宙人はイカみたいなかたちをしていて、触手からスミを噴射して文字を書く。その文字は表語文字で、「〇」のようなかたちをしていて、そのひとつひとつに「武器」とか「言語」といった意味がある。人類は宇宙人の文字を解読し、地球に来た目的を探ろうとする。
僕は最初、宇宙人の噴射する文字には何の意味もないんじゃないかと思いながら観ていた。
人間は、すべての物事に意味を見出そうとする。
なんのために生まれてきたのか、自分が生きる意味とは何か、いつか死ぬのになぜ生きるのか。
そこから神とかといった概念や、自分たちの出自を説明しようとする神話を創造する。人間は神の使いであってこの世界をよりよくするために存在するのだ、というように。
キリスト教という一つの教えから、カトリックやらプロテスタントやらといったさまざまな解釈が生まれるように、人類は宇宙人の文字をさまざまに解釈する。
ルイーズが、宇宙人の噴射したある文字を「武器」と解釈したことで、中国人は「宇宙人は地球を侵略しに来た」と宇宙船への攻撃を開始しようとする。これを機に、世界中が他国との連絡を絶って戦争が始まろうとする。
人間は物事を勝手に解釈して対立し戦争さえ始める。宇宙人は人間のこのような習性を使って、意味のない文字を人類に示している。宇宙人は「人間は愚かな生き物だな」と嘲笑しつつ、人類が戦争によって自滅していくさまを見ながら自分の手を汚すことなく地球をのっとる。
星新一のショートショートにありそうな展開をイメージしながら、『メッセージ』を観ていた。
まぁ実際はそういう話ではなかったのだけど。
以下ネタバレ。
宇宙人のいう「武器」というのは言語のことで、宇宙人の言語には時制がない。つまり過去とか未来といった概念がない。
映画のなかでルイーズが何度も過去の記憶をフラッシュバックするシーンがあるが、実際それは記憶ではなく未来を見ていたのだった。
宇宙人とのやりとりのなかで、ルイーズは自分が見ている光景が実は未来であることを知る。
宇宙人が地球に来た目的は、人類を救うため。将来自分たちが危機に直面したとき、人類が必要になる。そのために地球に来たのだった。
ルイーズは宇宙人とのやりとりを通して、未来を見通す力を得る。その「未来の記憶」を手掛かりに、戦争を宣言した中国の将軍を説得し、人類は事なきを得たのだった。
僕は『メッセージ』を見終わった後、ベルクソンの『物質と記憶』を思い出していた。
生物のなかで、唯一人間だけが夢見ることを欲する。
ベルクソンによれば、夢とは記憶が意識のかなたにあるものだが、人はなぜ夢を見るのか。
生物学的に考えれば、人間が夢を見ようとすることにも何らかの意味があるはずだ。
ベルクソンは、夢は現実の行動を最適化するために用いられると述べる。知覚と同時に得られる記憶は、意識のかなたで夢となる。そしてそれはまた、新たな物事の知覚と現実の行動とのすり合わせに使われるのだ。
ルイーズは宇宙人とのやりとりのなかで、自分の見ている記憶が最適な未来を導く道標であることに気づく。それが人類の未来を救う手がかりとなるのだ。
過去のものである記憶は同時に未来でもあることを、時制のない言語を用いる宇宙人は教えてくれる。
僕はこの映画を観ていてベルクソンを思い出したのだが、他の人は数学者のフェルマー(最終定理の人)や言語学者のソシュールと絡めて解説している。
この映画はいろいろな見方ができるから面白い。
とおしで見たのは一回だけど、この映画は何回も観るべき映画だと思った。