なぜ働いていると本が読めなくなるのか 感想

今話題の新書。

確かに働いていると本が読めなくなってしまう。本が読めなくなるだけじゃなくて、自炊もしなくなる。平日は働くだけの一日になるし、休日はぐったり何もしない一日になる。

なぜ読めなくなるのか、それは労働時間があまりにも長いからというのが理由だが、本書ではそこをさらに深掘りし、以前からそうだったのかという疑問から労働史の話になる。そして、本は読めないけど、スマホはだらだらとやっている、この違いは何なのかという疑問にも迫る。

労働史の件を読んでいて意外だったのが、自己啓発本は昔から親しまれてきたということ。自己啓発って割と最近のムーブで、昔は自己啓発よりも人格の完成のために教養をつける、そのための読書みたいなイメージが自分のなかにあった。本書を読んでいると、自己を啓発し立身出世するみたいな構造は昔から変わらないということが分かった。

『ファスト教養』という本が少し前に話題になって、教養を身に着けることが自己啓発になっているのが最近の傾向かと思いきや、昔もそう変わらなかったのかなと思った。

とはいえ、私たちは知識よりも情報、より役に立つお手軽な情報を求めるようになってきているのは確かで、いかにコスパよく情報を取り込んでいくかの競争になっているという側面はある。だからこそ倍速で映画を観たりする。著者は、知識は情報にノイズが加えられたものと定義する。グーグル検索で得た情報のように、自分が欲しいもの、カスタマイズされたものが情報であるなら、読書などを通して得られる情報は、向こうからやってくるカスタマイズされていない情報であり、それが知識である。この予期せぬ出会いがノイズである。現代の傾向として、ノイズが除去された情報を私たちはより求めるようになっていると著者は分析する。

著書には、『ひろゆき論』の引用も載っていた。

そうして彼は自らを、いわば「情報強者」として誇示する一方で、旧来の権威を「情報弱者」、いわゆる「情弱(じょうじゃく)」に類する存在のように位置付ける。その結果、斜め下から権威に切り込むような挑戦者としての姿勢とともに、斜め上からそれを見下すような、独特の優越感に満ちた態度が示され、それが彼の支持者をさらに熱狂させることになる。このように彼のポピュリズムは、「情報強者」という立場を織り込むことで従来のヒエラルヒーを転倒させ、支持者の喝采を調達することに成功している。P198

これを読んでいるとき腑に落ちた。これ、ひろゆき論とあるけど、トランプ論だ。ずっと疑問だったんだよな、なぜトランプはアメリカの典型的な成功者であり権威側の人間であるにもかかわらず、弱者からの支持を受けているのか。

ひろゆきやトランプが出てくるのはある意味、当然の流れだったともいえる。

資本主義が進めば、いずれそれはグローバル化する。資本主義は利子の無限増殖運動だから、一つの国家市場で収まらなくなれば、必然的にべつの国家の市場へと手をのばすからだ。そうなると競争はさらに激烈なものとなる。競争に負ければ国内市場は空洞化する。

政治はグローバル化に伴って困難なものとなる。市場が国内だけなら金は国内をぐるぐる回るだけだが、グローバル化すれば金が国外に出ていく(競争に勝てばもちろん入ってくる)ことになる。国会議員はその国家の利益を考える存在だ。経済がグローバル化すると、国家の利益をグローバルな視点で考えないといけなくなる。国内ですべてが完結している場合よりも、より複雑で正解のない政治を運営しないといけなくなる。ロシアとウクライナという他国の戦争に首を突っ込まないといけなくなる。

そのせいで先進国では軒並み政治家に不満が溜まっている。グローバル資本主義では、富むものはより富み、貧しい者はより貧しくなっている。そして政治家は富むもののほうから選ばれ、資本主義を押し進めてきた。そして当然、貧しい者は政治家に不満を抱く。

で、トランプも富む者なわけで、旧来の権威と同じである。なのになぜトランプは貧しい者の支持を集めるか疑問だったのだ。それが上の引用でよく分かった。トランプは情報強者だが、旧来の権威を情弱として斜め下から切り込んでいるわけだ。それでいて強者だから上から見下してもいる。この独特のポピュリズムで支持を獲得している。なるほど。

ひろゆきもトランプもなぜあんなに攻撃的なのに人気を得るのか。それは旧来の権威を敵とみなし論破するところに、貧しい者はスカッとし鬱憤を晴らせるからだ。今後も、このような人間が人気を得るだろう。従来のエリートでは社会や世界を良くできない。そして、悪いのはエリートであり、それを潰せるのは自分だという、エリート側の人間なのにエリートを敵視する人間が台頭するだろう。

本来は対話が必要だけど、対話が機能しなくなりつつある。世界は複雑になりすぎて、誰も何をどうしたら良くなるのか分からないからだろう。妥協点、お互いがウィンウィンになるところが見つからないから、相手を潰し自分が勝つことによって利益を得るのが主流になりつつある。トランプやひろゆきはその象徴だし、ヨーロッパでは極右が台頭してきている。そして世界は分断されていく。

 

読書の話だったのにだいぶそれた。

働いていたら読書ができなくなるのはなぜだろうという問は、普段本を読む人にとっては素朴な問だけど、深掘りしていくと社会の根深い闇に気づく重要な問だ。本書は、その根深い闇を労働史から明らかにしてくれる一冊であり、話題になるのも納得な一冊になっている。