前回は、現代の生活スタイルが忙しい理由だと述べた。
僕は「忙」という漢字の成り立ちを知らないが、「忙」という漢字をじーっと見ているとあることに気づく。「忙」の部首は「忄(りっしんべん)」で「心」を表す。「忄(りっしんべん)」の横は「亡」、つまり「死」を意味する。ということは「忙」という漢字は、「心が死んでいる」ということを表している。
どういう経緯でこの漢字ができたのか知らないけど、忙しい状態は心が死んでいる状態のことだと昔の人は考えたのだ。これってけっこうすごいことではないのかな?
ブラック企業のみならず、学校でも役所でも長時間労働が当たり前になって、過労によるうつ状態に陥る人たちがたくさんいる。うつ病は心の風邪と言われるけど、あまりに忙しく毎日を送っていると心は病んでしまうのだ。昔の人が考えたことは当たっている。人はあまりに忙しいと、心が死んでしまうのだ。
前回、世の中が便利になって楽をすることができるようになった分、物事に新鮮さが失われ、人は忙しいと感じるようになると書いた。そして上に書いたように、忙しいと心が死んでしまう。
このことについて、K・ランバートという神経学者がある仮説を述べている。その内容は次のとおり。
世の中に電子レンジとかeメールとか、そういう便利なものが出回るようになりだしてから、うつ病といった心の病にかかる人が増えてきた。
人間の脳は、生存に役立つものを自分の手でつくった際に喜びや嬉しさを感じるようにできている。人間の脳の組成は太古の昔からずっと変わらず、今でもやはり生存に役立つものを自分の手でつくった際に喜びや嬉しさを感じる。
しかし、世の中が便利になって、自分の手で生存に役立つものをつくる必要性がなくなり、そうした機会が失われてきた。それによって、脳は報酬を得られる機会が失われ精神の健康がむしばまれている。
以上のランバートの仮説は別冊日経サイエンス『成功と失敗の脳科学』に掲載されている。
技術は日進月歩で進歩している。去年にはなかったモノが今年には登場し、来年にはもっと便利になったモノが社会に出回っている。
つまり、ぼくたちはどんどん楽になっていく。それは同時にどんどん忙しくなっていくということだ。そして、心がどんどん病んでいく。
実際、これだけ社会が便利で豊かになっているのに、多くの人が将来に不安を抱え、若者の自殺は高止まりしたままだ。
ぼくたちはお金がたくさんあって便利で豊かな社会であれば幸せになれると思っているし、そう思ってきたからこそがむしゃらに働いてきた。しかし皮肉なことに、経済的に豊かになっても、精神的に豊かになるとは限らないようだ。
所得が伸びても幸福度が上がるわけではないことは、経済学の世界でも言われていて経済学者イーステリンにちなんで「イーステリンパラドックス」と呼ばれている。
(草郷孝好, 2009)
グラフを見ると、一人当たりのGDP(ピンクの折れ線)が上がっていっても、幸福度(青の折れ線)は下がっていっているのが分かる。
ぼくたちは、お金があること、便利であること、楽ができることをいいことだと思っている。それはある一面では当たっている。でも、ここまで考えてきたようにべつの一面ではそれは間違っているのだ。ぼくたちは、今までの常識を少し疑ってかかる時期に突入しているのかもしれない。