チュートリアル徳井のだらしなさを見て、自分はまだまともだと認識する

 

 今日知り合いの大工さんに、牡蠣の養殖のバイトがあるから見学してみたらどうやってことで、車に乗せて連れていってもらった。

 車中、「きみな、将来の生活は大丈夫なんか?そんなんやとあと2、3年しかもたんで」と言われた。

 

  僕は現在、芸術家のもとに弟子だか居候だかスタッフだかというかたちで住み込んでいる。家賃も水道代もガス代も電気代も払っていないが、そのかわりに芸術家の持っている山での作業を無給で手伝っている。だから月にかかるお金は、せいぜい食費とちょろちょろっとしたお金で、まぁ3万円くらいだろうか。計算していないから分からないけど。

 お金になる仕事といえば、ポスティングでメール便をポストに放り込む仕事だけど、これは月に1万円ちょっとくらい。ただこれも実際の細かい数字が分からない。あとはたまに、やばくなさそうな治験に行ったり、ミステリーショッパーやったり、アンケートにこたえたりといったものをしているが、まぁあんまりたいそうな金額にはならない。つまり、支出が収入よりも多いのだ。

 たまにがっつり稼げる仕事に行って月に十数万稼ぐこともあるが、そもそも基本的に一般の人ほどお金が欲しいと思わないので年収100万もいかない。

 あまりお金を使う性格ではないので、収入がこんなに少なくとも貯金が100万以上あるのだが、現在奨学金を返済中でもあるのでまだまだ大きなお金がいる。

 

 こんな状態の僕に対して、大工さんは冒頭の言葉を投げかけてきた。

 僕は普段、自分の現在そして将来にまったく不安を抱かないのだが、こうして普通の感覚を持ち合わせている人と接していると、「よくよく考えてみるとやばいな」と思ってしまう。なんだかんだで大丈夫やという気持ちと、ほんまに大丈夫なんかという気持ちを行ったり来たりする。

 なまじ神戸大学を卒業しているばかりに、大工さんは「頭が切れるんやからもったいないやろ」と言う。そんなときは自分も親に申し訳ないと思うし、自分は人生をまともに生きているんだろうかと思い悩む。

 

 家に帰って今度は芸術家とお金の問題について話していたのだが、「きみとは今根幹について話しているんや。お金は大事やけどな。きみはちょうど地球の表層のところで、なるべくお金とかかわらんとこうと思って生きようとしてるやろ。そういうときに大事なのは信頼なんや。こうやってわたしみたいにいろいろな人と関わってな、お金がなくても助けてくれる人間関係を築くことやな。わっはっは」てなことを話していた。頭が非常に疲れた。

 

 芸術家の長話を聞き終え、暇人速報を見ていたら、チュートリアル徳井についての記事があった。

 

・大学でまったく履修せずに4年で2単位しか取れないまま退学
・福田にコンビにならないかと誘われるが、答えを出すのが億劫で疎遠になって3年間放置する
・公共料金を支払うのが面倒臭いと放置して電気ガス水道を全て止められる
TSUTAYAのDVDを返すのが面倒臭いと放置して高額の延滞金を払う
・郵便ポストを長期間見ずにパンパンになり様々な支払いが滞る
・生放送に2週連続遅刻して関係者を激怒させる
・地方収録の日、財布を忘れて無一文で名古屋に到着
・マネージャーから渡された新幹線の切符を失くして自腹購入を何度も繰り返す
・小銭をうまく使えず自宅に小銭の山が出来る
・申告して税金を支払うのが面倒臭いと放置して高額の加算税を払う ← New!

 

 この記事を読んでいると、せっかく神戸大学を卒業したのにまともな職業にもつかずふらふらしている自分のほうがまだましな気がして気がラクになった。もっとも徳井は税金を払ってもお金持ちのままには違いないが。

 

 なんだか今日は非常に疲れた一日になった。