昨日『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(以下、『プロ倫』)の解説を書いた。
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この本は読みにくい。非常に読みにくい。とにかく読みにくい!
でも、おすすめする理由が二つある。
①思考の方法のサンプルとして最適
②逆説が面白い
この二つについて書こう。
①思考の方法のサンプルとして最適
「自分の頭で考えなさい」「もっとよく考えて行動しなさい」とぼくたちはよく言われる。
でも、僕は前々から「考えるって、何をどうしたら考えていることになるんだ?」と思っていた。
本を読んで理解したら考えていることになるのか
2x-2=0 の方程式で、x=1と答えたら考えていることになるのか
う~ん、これも考えていることになるのだろうけど、僕にはしっくりこなかった。
そんななか、『プロ倫』を読んで、「なるほど、これが考えるということか!」と分かった。
『プロ倫』は、プロテスタンティズムの倫理という現象と、資本主義の精神という現象の、一見全く関係のない事柄の結びつきを示した本だ。
考えるとは、二つの現象を論理的につなげることだ
べつの言葉で説明すれば、相関関係を因果関係にもっていくことだ。
『プロ倫』については昨日解説したからいいとして、別の例を出そう。
風が吹けば桶屋がもうかるということわざがある。ある事象がまったく関係のないことに影響が及ぶという意味だ。
「風が吹く」という現象が起こる、そしたら、「桶屋がもうかった」という現象が起こる。
この二つの現象を論理的につなげてみよう。
「風が吹く」
⇒「土ぼこりがまって目の見えない人が増える」
⇒「目の見えない人が三味線を買う」
⇒「三味線に使うネコの皮が必要になり、ネコがたくさん殺される」
⇒「ネコが減ったので、ネズミが増える」
⇒「ネズミが桶をかじる」
⇒「桶屋がもうかる」
「風が吹けば桶屋がもうかる」と言われても「は?」となるけど、あいだのつながりが分かると「あ~そういうことか」となる。
『プロ倫』もこれと同じで、かなりのこじつけだけど、読んでれば「あ~そういうことか」となる。
人と話してて、「ん、この人は何を言っているんだ?」というときは、あいだのつながりがよくわからないときだ。逆に、自分の言っていることが相手に理解されないときは、あいだのつながりを埋める努力をすればいい。
②逆説が面白い
逆説は面白い。
たとえば、「たくさん運動して体重が落ちた」と言われても何の疑問も浮かばない。
「たくさん運動する」 ⇒ 「体重が落ちる」という論理のつながりは誰でも理解できる。常識の範囲内のつながりだ。
でも、「たくさん運動して体重が増えた」と言われたら「ん、どうして?」となる。
「たくさん運動する」 ⇒ 「体重が増える」という論理のつながりは、常識の範囲外だからだ。
これは僕のことになるのだけど、
「たくさん運動する」
⇒「めちゃくちゃ腹がへってたくさん食べる」
⇒「体重が増える」
となる。
『プロ倫』は、金儲けをするカトリックを否定したプロテスタントが、実は金儲けを促進する精神を生み出していたという逆説を述べた本だ。
『プロ倫』は社会学のなかで一番有名な本だけど、これが有名になったのは、逆説を論理的に説明して「あ~そういうことか」と読者を納得させたからだと思う。
『プロ倫』は本当に読みにくい。
でも理解できれば、こういうふうに考えたらいいんだということが分かる。
興味があれば、ぜひ読んでみてください!