国家はどうして生まれたのか

 昨日は国家=檻と仮定して、個人と国家の関係を考えてみました。

 今日はなぜ国家が生まれたのか、プラトンの『プロタゴラス』をもとに書いてみようと思います。

 

 1 人間はどのような存在なのか

 プラトンの作品に『プロタゴラス』があります。

 プロタゴラスソフィストです。ソフィストとは弁論に長けた人のことで、真理を追究する哲学者ソクラテスの敵です。ソフィストは口先だけの政治家みたいな存在で、真理に向かっていこうとしないからです。

 ソクラテスプロタゴラスの対話が収められているのが『プロタゴラス』なのですが、プロタゴラスはある物語を話します。それを引用します。

 

 「むかしむかし、神々だけがいて、死すべき者どもの種族はいなかった時代があった。だがやがてこの種族にも、定められた誕生の時がやってくると、神々は大地の中で、土と、火と、それから火と土に混合されるかぎりのものを材料にして、これらをまぜ合わせて、死すべき者どもの種族をかたちづくったのである。そしていよいよ、彼らを日の光のもとへつれ出そうとするとき、神々はプロメテウスとエピメテウス を呼んで、これらの種族のそれぞれにふさわしい装備をととのえ、能力を分かちあたえてやるように命じた。しかしエピメテウスはプロメテウスに向かって、この能力分配の仕事を自分ひとりにまかせてくれるようにたのみ、『私が分配を終えたら、あなたがそれを検査してください』と言った。そして、このたのみを承知してもらったうえで、彼は分配をはじめたのである。
 さて、分配にあたってエピメテウスは、ある種族には速さをあたえない代りに強さを授け、他方力の弱いものたちには、速さをもって装備させた。また、あるものには武器をあたえ、あるものには、生まれつき武器をもたない種族とした代りに、身の保全のためにまた別の能力を工夫してやることにした。すなわち、そのなかで、小さい姿をまとわせたものたちには、翼を使って逃げることができるようにしたり、地下のすみかをあたえたりしてやった。丈たかく姿を増大させたものたちには、この大きさそれ自体を、彼らの保全の手段とすることにした。そして同じように公平を期しながら、ほかにもいろいろとこういった能力を分配したのである。これらを工夫するにあたって彼が気を使ったのは、けっしていかなる種族も、滅びて消えさることのないようにということであった。
 こうして彼らのために、お互いどうしが滅ぼし合うことを避けるための手段をあたえると、今度は、彼らがゼウスのつかさどるもろもろの季節に容易に順応できるような工夫をしてやることにして、冬の寒さを充分にふせぐとともに、夏の暑さからも身をまもることのできる手段として、厚い毛とかたい皮とを彼らにまとわせ、また、ねぐらに入ったとき、同じこれらのものが、それぞれの身にそなわった自然の夜具ともなるように考慮してやった。さらに、履きものとしては、あるものには蹄をあたえ、あるものには血の通わぬかたい皮膚をあたえた。
 それから今度は、身を養う糧として、それぞれの種族にそれぞれ異なった食物を用意した。あるものには地から生ずる草をあたえ、あるものには樹々の果実を、あるものにはその根をあたえた。ほかの動物の肉を食物とすることをゆるされた種族もある。そしてこの種族に対しては、少しの子供しか産むことを許さず、他方、これらの餌食となって減って行くものたちには、多産の能力を賦与して種族保存の途をはかったのである。
 さて、このエピメテウスはあまり賢明ではなかったので、うっかりしているうちに、もろもろの能力を動物たちのためにすっかり使いはたしてしまった。彼にはまだ人間の種族が、何の装備もあたえられないままで残されていたのである。彼はどうしたらよいかと、はたと当惑した。困っているところへ、プロメテウスが、分配を検査するためにやってきた。みると、ほかの動物は万事がぐあいよくいっているのに、人間だけは、はだかのままで、履くものもなく、敷くものもなく、武器もないままでいるではないか。一方、すでに定められた日も来て、人間もまた地の中から出て、日の光のもとへと行かなければならなくなっていた。
 かくてプロメテウスは、人間のためにどのような保全の手段を見出してやったものか困りぬいたあげく、ついにヘパイストス とアテナ のところから、技術的な知恵を火とともに盗み出して―というのは、火がなければ、誰も技術知を獲得したり有効に使用したりできないからである―そのうえでこれを人間に贈った。ところで、生活のための知恵のほうは、これによって人間の手にはいったわけであるが、しかし国家社会をなすための知恵はもたないままでいた。それはゼウスのところにあったからである。プロメテウスにはもはや、ゼウスのすまうアクロポリスの城砦にはいって行く余裕はなかったし、それに、ゼウスをまもる衛兵も、おそるべき者だった。ただ彼は、アテナとヘパイストスが技術にいそしんでいた共同の仕事場へひそかに忍びこんで、ヘパイストスの火を使う技術と、アテナがもっていたそのほかの技術を盗み出し、これを人間にあたえたのである。このことから、人間には生存の途がひらけたけれども、プロメテウスは、エピメテウスのおかげで、伝えられるところによると、のちに窃盗の罪で告発されることになったというはなしである。
                         Plato pp.136-139

 

 うっかり者のエピメテウスのせいで、人間には何の装備も能力も与えられませんでした。それを見かねたプロメテウスが、天上の神のもとから火と技術を盗んで人間に与えます。

 こうして人間は、火と技術を扱う存在として誕生しました。

 技術という神の性格を手に入れたことで、唯一人間だけが神々を崇敬し、そのための社を築きます。そして音声に区切りを入れ言葉をつくり、家や着物、農作物を技術によって生み出しました。

 

2 国家はどうして生まれたのか

 プロタゴラスは物語を続けます。

 技術と火を与えられた人間だけども、他の動物のえじきになって絶滅の危機にありました。

 人間はこの危機を集団をつくることによって乗り越えようとします。ですが、集団のなかで不正を働く人間が出てくるせいで力を発揮できずにいました。

 こうした状況をみかねたゼウスは、ヘルメスを遣わして人間に<つつしみ>と<いましめ>をもたらしました。この二つが国家の秩序を整え、友愛の心による絆を結ぶのです。

 

 プロタゴラスの物語によれば、ゼウスが与えた政治技術によって人間は国家という大きな集団をつくることができるようになります。それによって人間は他の動物からの脅威を防げるようになりました。

 国家は人間の生存のために存在しています。

 国家は人間のために存在します

 

 しかし、日本の政治家の言葉を聞いていると人間が国家のために存在しているように感じます。

 戦時中の日本では「お国のために」を合言葉に、「自分の命」よりも「国家の利益」を優先していました。

 最近の政治家でも、

「女性は子どもを生む機械だ」

「同性愛者は子どもを生めないから生産性がない」と言います。

 国のためにならない人間は価値がないと言っているようなものです。

 

 人間のために国家が存在しているはずが、いつのまにか国家のために人間が存在しているという奇妙な逆転が起きています。

 どうしてこんなことになっているのか、明日はそれについて考えようと思います。

 

 引用文献

プロタゴラス―ソフィストたち (岩波文庫)

プロタゴラス―ソフィストたち (岩波文庫)