芸能人の自殺が相次いで『ノルウェイの森』を読みたくなった

コロナ禍になって芸能人や有名人の自殺が相次いで、つい最近も俳優や芸人が亡くなって、べつにファンでもないのだがやっぱりショックだった。そんなニュースを目にしていると、ふと村上春樹の『ノルウェイの森』を読みたくなって図書館から借りてきて読んだ。3回目。自分はいわゆるハルキスト?ではないのだが、この作家はやっぱり特別だよなと思わせる。彼の作品すべてを読んでいるわけではないが、複数回読んでいる作品がいくつもある。数年おきくらいに、ふとした瞬間に『海辺のカフカ』読みたいなとか、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』読みたいなと思わせるのだ。『ノルウェイの森』もそんな感じで3回目を読み終えた。芸能人の自殺が相次いで、この作品を読みたくなったのは、この作品の主要人物がだいたい自殺しているからだと思う。キズキも直子も、ハツミさんも自殺してしまった。この作品に出てくる登場人物は全員どこかしら歪んでいる。自殺しない登場人物も歪んでいる。この作品の最も重要な命題(太字で書いてあるからそうだと思うが)は、死は生の対極ではなく、その一部として存在しているというもので、それはつまり誰が自殺してもおかしくなかったのだ、なぜなら死は遠くにあるものでなく自らの生に内包されているから。直子といっしょに療養所にいたレイコさんはもちろん、主人公も緑も自殺していてもおかしくなかっただろうし、ハツミさんの恋人である永沢さんでさえ自殺していてもおかしくない、あるいは突撃隊ももしかしたら自殺したのかもしれない、彼は突然寮から消えてしまったがどこに行ったんだろうか?

この作品はとても哀しい物語だった、であるにもかかわらずなぜか救われたような気分になった。自分は自殺したいと思ったことは一度もないが、この作品は、仮に自分が自殺したいと思っても救ってくれるような気がする。人生は楽しいと教えてくれる作品よりも、人生は哀しいのだと教えてくれる作品のほうが生きようと思わせてくれるのかもしれない。

ハツミさんの自殺がどうしても芸能人の自殺と重なってしまう。特に2年前に亡くなった三浦春馬さんと重なる。ハツミさんは、東大法学部のハンサム男である永沢さんを恋人に持っていて、お嬢様大学に通うよくできた女性である。主人公のワタナベによれば、とびぬけて美人というわけではないがとても器量がよく、こういう人が恋人だったらいいなと思わせる女性。永沢さんが「おれにはもったいない女だよ」というくらいの女性。しかし彼女も自殺してしまう。好きになった男が歪んでいるせいで。永沢さんは彼独自の歪んだシステムのなかで生きていて、そのシステムの中にハツミさんは存在できなかった。ハツミさんは何も悪くない、ただ歪んだシステムを生きる永沢という男を愛してしまったのだ、彼女に一体なにができただろう?ワタナベが言うように、ハツミさんはべつのどんな男性とでもうまくいっただろうが、よりによりによって永沢さんを好きになってしまったのだ、そしてそれはどうしようもないことだった。彼女は大学を出て2年後に別の男性と結婚して、その2年後に手首を切って自殺する。

三浦春馬さんのことはテレビなどでしか知らないが、彼はハンサムで仕事もおそらく順風満帆でもちろん金もあっただろう。傍から見れば何も不幸などないが、彼もまたハツミさんのように、歪んだシステムのなかで苦しんでいたのかもしれない。おそらく三浦春馬さんは何も悪くなくて、もっといえば歪んだシステムも、歪んでいるとはいえ悪いわけではないのだ、とても難しく複雑な話だが。死は、そういったどうしようもなさからもたらされるものであって、ときとしてわれわれはその渦のなかに巻き込まれていくのかもしれない。もしそうなら、生きているという状態は極めて微妙な均衡のうえに成り立っているし、生きていられるのはただ単にとても運がいいことなのだ。

この物語はそういった哀しみに満ちていて、だいたいどうしようもない状況、どんなにもがいても野井戸に落っこちてしまう時は落っこちてしまうことを描いた物語なのに、なぜか救われる。現実というものがそうだからなのかもしれない。現実というものは常にやるせなさに覆われていて、それは現実そのものが矛盾しているからだ。現実はハッピーだよ、みんなハッピーになれるんだよと謳った物語(それが宗教であれ、ビジネスであれ)は現実の矛盾の片方だけを切り取ったからであって、それはつまり嘘なのだ。もちろんみんなハッピーになりたいからそのような嘘にとびついてしまうわけだが、その物語を提供する側が巨大な悪になった場合、地下鉄サリン事件のような恐ろしいことが起こったりする。『ノルウェイの森』はもちろん架空の話でつまりは嘘なのだが、あれは嘘によって本当を語っているから救われるのかもしれない。

まぁとにかくいろいろと哀しい話だった。みんなに笑いを提供してくれた突撃隊はなぜ突然に消えてしまったんだろうか。直子は療養所を離れて専門的な治療を開始して快方に向かったかのように見えたのに首をつってしまった。結局ワタナベに何を想っていたのか、ワタナベとの関係をどうしたかったのかもよく分からない。キズキがなぜ自殺したのかも分からない。でも結局のところ、だれも分からないんだと思う。テレビを見ていると、報道では仕事でこういう悩みを抱えていたとか、人間関係に問題を抱えていたとか、いろいろと原因が推察されているけど、結局のところ誰も分からないのだ、あるいは本人でさえも。