昨日六麓荘のお金持ちのことを書いたから、今日はその真逆のホームレスについて書いてみようと思う。といっても、僕はホームレスについて独特の考えを持っている。それについて書いてみたい。
河川敷の缶太郎
僕は学生時代、大学を一年休学して自転車で日本を放浪していた。東京にも行ったのだが、ひょんなことから多摩川の河川敷に住んでいるおっちゃんと仲良くなった。
おっちゃんは「缶太郎」と名乗った。缶を拾い集め、それを売って生計を立てているからだ。
僕は貧乏旅をし、缶太郎も貧乏だからうまが合ったのかもしれない。缶太郎のところに居候できることになった。東京をもう少しうろうろしていたいというのがあったからちょうどよかった。
缶太郎の「家」は、木材と青いビニールシートを組み合わせたものだった。都会の河川敷とか公園でよく見かけるあれだ。缶太郎の敷地内(違法占拠なんだから敷地もくそもないが)には三つの「家」があり、二つは空きだった。そのうち一つに僕が住むことになった。
人々がゴミとして捨てていくモノは、彼らにとっては物資である。それらで家は構築されていた。布団やら鍋やらといった生活に必要なモノはすべてそろっていた。生活に必要でないモノ(AKBのCD50枚とか)もそろっていた。
先にも述べたように、缶太郎は缶を売ってお金を得ている。しかし、落ちている缶を一つ一つ集めるのも大変なので、缶太郎は戦略を持っていた。
マンションの管理人と仲良くなるのである。彼は、たばこを管理人にわたすかわりに、管理人からはマンションから出た空き缶の袋を受け取った。「管理人と仲良くなることが儲けるコツなんだ」と缶太郎は言っていた。
ホームレスは一般的に人付き合いが苦手だと思うかもしれない。でも缶太郎は違った。缶太郎の「家」のそばには市民が管理する花壇があって、彼は市民との付き合いがあった。花壇を管理している人はときどきカレーやら鍋やらを缶太郎のもとに持ってきてくれた。
また、缶太郎は子猫を飼っていた。というより、親ネコが、生んだ子を缶太郎のもとに置いていったので世話しているという感じだった。ネコ好きのホームレスは多いのか、ネコを通してホームレスどうしはつながっていた。
ホームレスとハウスレス
一般的に、ホームレスというのは、家のない人たちのことだと思われている。缶太郎はホームレスだとみなされるだろう。
でも、ホームレスって本来は他者との精神的なつながりのない人たちのことを指すのではないかと思う。サッカーでいう「ホーム」とか「アウェイ」というのがまさにそうで、選手とファンが精神的な絆でつながっているから、そこが「ホーム」になるのだ。
「ホーム」というのは家族とか家庭の意味であって、建物としての家を意味するのではない。建物としての家が「ハウス」なのだ。
だから、建物としての家をもっていない人のことは「ハウスレス」と呼ばれるべきでだ。
缶太郎はハウスレスではない。なぜなら「家」を持っているからだ。それは広さ二畳で、電気もガスも水道も通っていないが、風雨をしのげるし生活の拠点になっているという意味では十分に「家」だ。僕も住んでいたのだから断言できる。あれはちゃんと家として機能している。
缶太郎はホームレスでもない。なぜなら経済活動をとおしてマンションの管理人や缶を買い取る業者とつながっているからだ。花壇を世話する市民やネコをとおして他のホームレスともつながっているからだ。
一般的な意味でホームレスと呼ばれている人たちすべてが、缶太郎と同じわけではない。なかには、ハウスレスもホームレスもいるだろう。でも、意外と彼らはつながっているのである。一か月そこにいた僕はそう思った。
「ホームレス」とは誰のことなのか
では、ホームレスとは一体誰のことなんだろうか。
たとえば、先日虐待で亡くなった栗原心愛ちゃんはホームレスの典型だ。
彼女は、担任の先生に父親から虐待を受けていると訴えていた。しかし、虐待をとめることはできず亡くなってしまった。母親も、父親の暴力を防ぐことができなかった。児童相談所も結果的に父親の虐待を加速させてしまった。
助けてくれる友達はいなかったのだろうか。父親は心愛ちゃんを外出させなかったというから、異変に気付く友達はいなかったのかもしれない。
結局、心愛ちゃんは孤独のなか、父親の暴力に苦しみ亡くなってしまった。
ホームレス中学生だった芸人の田村は、友達とそのお母さんが助けてくれたからこそ今がある。だから田村はホームレスではなかったのだ。友達やお母さんというホームがあったから。
全国的に子ども食堂がひろがっている。
子ども食堂というのは、貧しくて栄養バランスが悪い食事しかとれていない子どもたちのためにボランティアのおばちゃんたちが安価で食事を提供してくれる場のこと。もともとはそういう場だったのが、今では親が働いてていっしょに食事をとれない子どもたちも来ている。
驚いたのが、東京の港区にも子ども食堂があること。港区といえば、お金もちがたくさん住んでいる地域だ。そこに住む子どもたちの食事の栄養バランスが悪いわけがない。親が仕事で忙しくて孤独だから、子ども食堂に来るのだ。
こういう子たちはハウスレスにはならないだろう。お金はあるのだから。でもホームレスになる可能性はある。
仁藤夢乃さんという方は、社会から孤立する女の子を支援する法人を運営している。法人がバスを用意して、そこにお菓子などを置いて気軽に女の子が集まれるような空間をつくった。彼女はそこで女の子の悩みや世間話を聞いてあげている。
子ども食堂や仁藤さんの法人は、ホームレスを生まないセーフティーネットになっている。だから、ぼくたちはこういう組織を支えていかなければならない。